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 あなたにとって仕事とは何ですか?働くってどういうことでしょう?

 最近、ちょっとした決断をした人物がいるので、考えてました。

 さらにもう1人、これはごく身近な兄弟なのですが。
 同人活動やらなんやらひっくるめて自営業でのらりくらりやっている人物がいます。
 手腕があれば、自分自身の意思で稼ぎにかかったり、金にはならないけど自己満足に投機したり、押し引きは自由自在。好きな時に働き、好きな時に趣味にふけることができる。

 しかし最も特徴的なのは、彼の同人活動の目的が、食べるためでない、という部分です。
 私てらさわは、歴史的な芸術家は全て自分の絵が音楽が、どのくらいの富を生むのかそして名声を得られるのかというテーマに敏感だったと決めつけていますが、彼は自分の死後認められたらラッキーぐらいに思っていて、彼は評価されるために創作する訳でないのです。
 着地点は創作することで、それを世に出すことではないのです。

 それでも有料ダウンロードサイトにうpしたり、自費出版をしているのは、ちょっと矛盾していますよね。
 彼はそのソーシャルスキルゆえに、彼はその才能ゆえに、とても妬まれやすいタイプだったため、ねじまがったロジックで傷つきやすい自我を防御しているように解釈できなくもないのです。
 一般人はすべからく置いてけぼりを食らわせる哲学者のようなブログや、音楽理論に裏打ちされた前衛的な楽曲(でもキャッチーなんだなぁ不思議)など、基本「ついてこられる人だけでおk」なスタンスを併せてどう鑑みるかというのもありますけどね。


 話を元に戻しましょう。今回のテーマは仕事です。

 自由人を体現する彼も、結局は下請けであったりして、ちょっと遠い将来を見通せば不安定な身分です。
 ただ彼は嫁も自分も食わせることが出来て、学部はどうとして高学歴、英語は一流商社でも通用するレベルとあれば、いつでも普通にリーマンやって中流層以上になれるスキルの持ち主なんですね。
 独立できるスキルがあるなら独立するのは常識なんでしょうが、てらさわのような一般人からしたら独立のメリットよりもコケた時のデメリットを心配してしまいます。
 自営なんて不安定な仕事せずに、適当に公務員になって大コケのリスクを斬っておいてから好きなことすりゃいいのに、なんて考えてしまいます。

 そんな一般人であり、さくらさんに「何がリスクよあんた小学生とふれあいたくて公務員になった癖にこの法定強姦野郎」と言われのない罵りを受けたところの私てらさわは、仕事というのは、意味を還元していけば人生の消費だと考えます。
 まぁ食いぶちを稼ぐのに私の24時間のうち、何時間費やさなきゃなんないか、という側面でもってとらえています。
 だから仕事は夢だとか、挑戦だとか、やり甲斐だとか、とかく面接での模範解答とは考え方が根本から違います。仕事は自分を擦り減らすものであって、それ以外になんらの要素ももたらさないものです。
 仕事ってのは人生を空費させる敵。でも食うために仕方なくやってる。子どもの時なりたかったアレを仕事にするなんて論外。
 これ、かなりの支持を得られる多数派であると思ってるんですが、どうでしょう?


 一方で夢を追いかける少数派(と少々乱暴ですが決めつけます)も少なからずいるでしょう。

 空腹のラットだって、苦手である開けた通路に100ボルトの電流が仕掛けてあっても、電流をものともせずに開けた通路を進んでいく個体が、ある割合では存在します。数理生物学の実験ですからその先には餌があります。
 こういう個体は開けた場所でも勇気をもって進んでいくので、自然界では様々な新天地に植民します。新天地にはビッグサクセスが待っている訳ですね。
 もちろん多数派は頭の悪いラットであって、ケージの隅でびくびくしてじっとしているだけだし、自然界では勇気をもつがゆえに死期を早めることもよくある話です。

 まぁ仕事に夢を求めた成功者とサクセスラットの割合に相関関係などないし、大体成功者というのは勇気があったというよりは、諦めが悪く、失うものが少ない人物であるかもしれません。
 失敗し破産し友人や家族(或いはその信頼)を失うリスクを考えるのが賢明であり弱い多数派なのでしょう。ダンタリアンの書架第3話「叡智の書」で似たようなテーマを扱ってましたね。

 論じたいのは、安定を求める多数派と夢を求めるリスキーな少数派、そのどちらが良いかということではありません。

 中庸こそ大事だと思うのです。
 人間ですから決断する時もあるでしょう。それと同時に引かなきゃ命取りになる局面も察知しなければなりません。
 なんかやばいッ!それが感知できなけりゃタダの無自覚に過ぎないのです。成功というのは大失敗しないことと同義でもある訳です。
 たった1度の人生ですから、8時間の空費でよしとするのか、人生そのものの使い捨てになってしまうのか、その水際だけは守り通せる、真っ暗な二股道の闇の中をギリギリで正解肢を嗅ぎ分けられる能力、それが最も重要だと思います。
 願わくば、決断をした彼が水際を見誤ることのないように。

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